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七月隆文『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』がクソな理由

ぼくは明日、昨日のきみとデートする (宝島社文庫)

0.はじめに

七月隆文『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』と言えば最近最も売れている本の一つである。
ミーハーな私がこの本を読んでいると、口は悪いが読書家として優れた蓄積のある方に
「その本はクソに決まっている」と読んでもいないのに宣言されたことがこの記事の発端である。

その人はこの本がクソな理由として次の3点をあげた。
・Aさん(仮名)が絶賛しているけどこの人は俺と好みが合わないことが多い
・タイトルからしてつまらなそう
・そもそも宝◯社の時点でダメ

確かにブックオフで108円でなかったら出会わなかった本なのでけなされても構わない。
しかし3つのうち2つがこんなに適当な理由では可哀想だ。
そこで七月隆文『ぼくは……』がクソな理由を徹底的に考察することにした。

1.本の内容

そもそも『ぼくは……』がどういう話なのか説明しようと思う。
なるべく客観的にあらすじ、登場人物、設定について拾ってみる。
ネタバレがあります(が、必読の名著ではないので気にしないでもいいと言えばいいです)

1.1 登場人物

南山高寿・・・主人公。男子大学生。優柔不断。
福寿愛美・・・ヒロイン。女子大学生。和風美人で気が利く。

1.2 あらすじ

ある日男は女と出会った。しかし彼女には秘密があった。終わり。
出会う→イチャイチャ→カミングアウト(以下CO)→イチャイチャ→別れる
という順序で物語が進む。

1.3 設定

平行世界というSFチックな設定が導入されている。
公理Ⅰ ヒロインの世界からは主人公の世界へは移動可能。
公理Ⅱ ヒロインの時間軸と主人公の時間軸は半返し縫い的に接続されている。
公理Ⅲ 世界観の移動は五年毎に一シーズン(二ヶ月?)のみできる。

注意 半返し縫い的に接続とはつまり次のようになっている。ヒロイン視点での時間の動きは
   今日→明日(→同時に→)昨日→今日(→同時に→)一昨日→昨日(→同時に→)…
   というふうになっている。
   つまり一針進んでは二針戻るという具合になっている。

1.4 作者の狙い

下のストーリーの図式において
出会う→イチャイチャ→COイチャイチャ→別れる
赤字と下線で強調した所にこのシーンを書きたかったという1ページがある。
複雑な設定もこのシーンを書きたいがためである。

以上あっさりしているが、特に語ることもないので考察に入る。

2.批判と考察


2.0 高評価なところ

①作者の狙いのシーン
これはぐっとくるシーンで確かに心を動かされた。

②日本語が書いてあってテンポよく読める
内容が薄いからだという人もいるかもしれないが、
これは日本語が破綻してないことの証明である。
スラスラ気軽に読めるというのはライトな本に期待されることの一つだろう。
そしてそれは必ずしも満足されないので、当たり前だが重要な点である。

2.1 登場人物

批判1 ヒロインに欠点がない
反論  特になし。独特な性格設定が一つだけあるが、それも彼女の長所であることが分かる。
批判2 奥手な主人公が少しがさつでモテる友人にアドバイスをもらうというシーンがテンプレ
反論  最も興ざめなシーンの一つ。擁護できない。
考察  ストーリーがひたすらイチャイチャしていいるだけなので関係が閉じている。
    ゆえに互いの意外な一面というものが見えない。

2.2 ストーリー

批判1 イチャイチャしているだけ
反論  イチャイチャしているだけだからこそ恋愛小説
批判2 起伏が弱い
反論  CO後一瞬だけ破綻の危機を迎える。しかしあくまで一瞬である
考察  乗り越える壁が高いほど読者の満足度も高まる。ハラハラ感がもう少し欲しいところ。

2.3 設定

批判1 半返し縫いはタイムパラドックスが起きるためSFとしてアウト
反論  これはファンタジーなので問題ない
批判2 五年に一シーズンというのはご都合主義
反論  ファンタジーなので問題ない
批判3 五年に一シーズンという設定を活かせていない
    具体的には主人公が10才、15才の時のイベントがない
反論  彼女の様子からすれば少なくとも見守るくらいの行動はとっているはずである。
    その結果、思わず手助けするというイベントがあってしかるべきだと私は思う。
    しかし、現実的にはそのようなイベントは必ずしも起こらない(から書かれてない)。
批判4 設定ゆえに運命の出会いと別れではなく、必然の出会いと別れになっている
反論  これを運命ととらえることもできなくはない(感性の問題な)のではないか?
    (しかし、私としては5歳の頃のインプリンティング的必然からよりも、
    出会う必要が無い人との偶然の出会いの方が運命的だと思っているし、
    半返し縫い設定からそういうことが自然にできるはずだとも思う)

3. 総合評価

狙いが明確かつそのシーンが上手く表現されていることはとてもいいと思う。
表現したいことがあって、そのために上手く設定を組み立てている。
一方でそれらの設定が他のシーンのために再利用されることが少なすぎる。
しかし根本的な問題はロジックで問題が発生した時に登場人物を動かすことではなく新しいルールを作ることで解決すればいいという姿勢である。
キャラクターはイチャつかせておけばいいと考えているから
出会いの理由がインプリンティングになるし、五年に1シーズンの設定は活用されない。
この本から伝わってくるメッセージはこれに尽きる。
「書きたいことはある、でも考えるのは面倒くさい」

しかしながら、このような怠惰な姿勢で大ヒット作を生み出したということは
商業的には驚異的な大成功である。
この点において日本語が書いてあるということがとても良く効いている。
こんな記事を書いておいてから言っても説得力がないだろうが、私もそれなりに楽しんだ。
しかしこれを流行していることは読者として情けない状況だと言えるだろう。

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